2025.06.06 | 過去のブログ
【講師ブログ】第13号 先生という肩書きについて
さて、ここから本題である。
ある日の授業外の時間、私はSに話しかけた。
大したことではなかったはずなので、内容は忘れた。しかし、その会話で言われたSの一言が、私は忘れられないのだ。
「先生は、俺の話あんま聞いてくれないよね」
衝撃だった。私はどちらかと言うと、聞き上手と言われる方である。
ただ、Sに関しては心当たりしかなかった。私は、彼を「生徒だから」というだけで、無意識に対等に取り合う必要のない相手だと認識していた。
だって、あんたずっと喋ってるから。授業が進まないから。関係ない話だったから。
いくらでも言い訳は思い浮かんだが、それら全て、言い訳でしかなかった。
実際私は、授業中にSの話を真剣に聞いてやったことは本当に少なかった。自分の話は「真面目に聞け」と、再三Sに言っていたくせに。
返す言葉に迷った。少し黙ってしまったと思う。ただ、ここでしょうもない言い訳を並べてしまうと、よりSと心の距離が開いてしまうことは、浅はかな私にもわかった。
私はSに謝った。
大学生にもなると、人と正面から喧嘩することなんてほぼなくなるので、謝ること自体久しぶりだった。
その上、生徒に謝るというのは、結構勇気がいる。「先生」でありながら、間違っていたことを認めなければならないから。
しかしそのとき、Sと対話するにおいて、「先生」「生徒」というレッテルは邪魔なものでしかなかった。
私はSを子供扱いしていたし、私はSの話を聞かなくてもいいけど、Sは私の話は聞いて当たり前、とかいう超傲慢で最悪な態度をとっていたのだ。だってSは生徒で、私は先生だもん、と。
それにやっと気付かされた。恥ずかしかった。
Sは軽く言ったつもりだったであろう自分の言葉に、私が重々しく謝るので戸惑っていた。
Sは「別に気にしてない」と繰り返していたが、確実にあの言葉は本心で、どこかで傷ついていた部分があったんだろう、と思う。今も反省している。
それから私は、Sが話しかけてきてくれた時は、ペンを置くようにした。授業時間には限りがあるので、絶対とはいかなかったが、できる限り「ちゃんと」耳を傾けるようになった。
Sが私を本当に信頼してくれるようになったのは、それからだと思う。私がSとちゃんと向き合うようになって、それだけがきっかけじゃないかもしれないが、Sも自分自身や周りの人間とちゃんと向き合うようになった。人のせいにする癖は治り、言葉遣いや態度は最初の頃よりも格段に柔らかくなった。
彼は受験にも受かった。元来素直な子なので、本当によく成長した。内申は基準から七つも離れていたのだが、最後まで諦めず当日点を伸ばしに伸ばして、合格を掴んだのだ。「先生」の私なんかよりよっぽどできた子である。
このブログで求められているのは、生徒の学習における成長譚かもしれない。ただ、そういった内容は他の講師が書いてくれると思うので、私という一講師の初歩的な気づきと、それを助けてくれた一人の生徒の話を、感謝も込めて書かせてもらった。
Sが高校でも元気に生意気をかまし、楽しく生活していることを祈っている。欲を言えば、留年もしないことを祈っている。ほんまに。