2025.06.04 | 過去のブログ
【講師ブログ】第12号 Sくんの話
塾講師というバイトは特殊だと思う。
お金をもらっているのは我々なのに、お客様である生徒より、講師の方が立場的に強い。
教員免許や医師免許など、何か特別な資格があるわけでもないのに、「先生」と呼ばれる。慕われることもある。
不思議なもので、何度も「先生」と呼ばれると、なんだか自分が偉くなったような気がしてくる。
ただ、その感覚はすごく傲慢だ。だから肩書きにのまれてしまわないように、気をつける必要がある。
お恥ずかしながら、私がちゃんと本当の意味で、それを理解したのはつい最近の話だ。
去年、S君という生徒の授業を見ることになった。
私は初めての授業を見る前からS君を知っていた。講師の間でよく話題に上がる生徒だったからだ。
その内容は、毎回宿題をやってきてくれないとか、落ち着きがないとか、大体いつも同じようなものだった。
そういう子は、うちの塾にはたくさんいる。なんなら生徒の半数はそういう子達で、手放しに「いい子」と呼べる子は決して多くない。(成績の良し悪しでなく、講師の指示を真剣にきいてくれるか、と言う意味で)
ただ、S君の噂の極め付けは、前に通っていた塾を半ば追い出されるようにして辞め、ここの塾にやってきたらしいということ。詳しい理由は知らないが、そんな生徒は流石に珍しい。
いざ初授業。私は身構えまくった。
まず、S君は貧乏ゆすりが酷かった。
これが結構マジで酷かったのだ。彼が演習問題を解けなくてイライラしている時なんかは、私のブースだけ地震の如く揺れていた。その足がゲシっと当たる時もあった。
「痛いんですけども」と言うと、「ごめんて!仕方ないんだよこれ!」と怒りながら謝っていた。敬語使えや、という気持ちもそこそこに、本当に止められないらしいので私は彼による机の爆揺れを早々に諦めた。
それから、しばしば自分のミスを人のせいにすることがある子だった。5つ年上の私に、「そんなわけないじゃん。さっきこう言ってたじゃん!」と完全否定してくる。
これがまたカチンとくるのだが、解説してやると「おお、確かに、確かに」などと言いながらすんなり頷いた。
どうやら喧嘩を売っているわけではなく、本気で相手が間違っていると思ったから否定をしているらしかった。
私は出会った当初、しばしば「あなたちゃんと学校に友達いるの?」と心配したものだが、案外Sは塾の友人に好かれている様子だった。空気は読めないながら、彼は皆にそこそこ愛されていた。
その後も何回か授業を見て、どうやら聞いていたほどとんでもないやつではないらしい、ということがわかってきた。
Sは悪意なく不敬だったが、底抜けに素直だった。私の言うことも納得さえすれば従ってくれたし、課題も、授業もあまりサボらなかった。
一つ困ったのは、授業の90分間、まじでずっと喋りつづけるタイプだということ。そういう生徒は時々いる。
こういう子の話は、さらりと聞き流して無理やり授業に戻るのがいい。例のごとく、私はSにも同じように対応していた。
「ほーんなるほどね、あとこっちも解いてみて」「おっけおっけ、じゃあ次はね」といった具合に、強制的に授業内容に戻させるのだ。
そんなこんなで数ヶ月もすれば、私は大体Sのことをわかった気になった。授業を終えて帰る際、Sは私や塾長にハイタッチを求めた。応じると満足げにしていたし、グミなどをやると喜んだ。割と仲良くなった。
Sは少し子供っぽいから誤解されるだけで、決して悪いやつではないのだ。
私は周りの講師が苦戦する生徒の、数少ない理解者となったような気になり、調子に乗った。
さて、ここから本題である。
ある日の授業外の時間、私はSに話しかけた。
大したことではなかったはずなので、内容は忘れた。しかし、その会話で言われたSの一言が、私は忘れられないのだ。