「わからない」を読める力 ― 外山滋比古先生の“乱読”論から考える ―

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「わからない」を読める力 ― 外山滋比古先生の“乱読”論から考える ―

2026.05.18 | コラム

「わからない」を読める力 ― 外山滋比古先生の“乱読”論から考える ―

「わからない」を読める力 ― 外山滋比古先生の“乱読”論から考える ―
 「わからない」を読める力 ― 外山滋比古先生の“乱読”論から考える ―


 「すぐには分からないものに向き合う経験」こそ、知性を育てるためには不可欠である。




「本を読むのが好きです」



そう話してくれる生徒は少なくありません。



ですが、その「読む」が、

どのような“読む”なのかを考えることは、意外と少ないように思います。



先日、評論家・エッセイストである 外山滋比古 氏の『乱読・乱談のセレンディピティ』の一節を読み、大変考えさせられました。



外山先生は、「読み方」には二種類あると述べています。



ひとつは、

“すでに知っている内容を読む”読み方。



これを「アルファー読み」と呼びます。



例えば、

野球好きの人が試合結果の記事を読むとき、

あるいは日常会話の延長線上にある文章を読むときです。



すでに頭の中に知識やイメージがあるため、

比較的スムーズに読むことができます。



一方で、

“知らない概念や世界を理解しながら読む”読み方。



これが「ベーター読み」です。



哲学書、科学書、論説文、

宗教書、評論、あるいは数学や理科の説明文。



これらは、「知っている世界」をなぞるだけでは読めません。



自分の中にない概念を、

仮説を立てながら、

想像しながら、

組み立てながら読まなければいけない。



だから難しいのです。



ですが、

本当の意味で「学ぶ」ということは、

実はこの“ベーター読み”の連続なのだと思います。



学校現場でも、

近年特に増えているのが、



「知識問題は解けるが、記述になると止まる」

「文章題になると急に点数が落ちる」

「理科の考察問題が書けない」

「国語の説明文が苦手」



というケースです。



これは単に知識不足だけではありません。



“知らないことを読み解く力”



が不足しているのです。



外山先生は、

昔の教育では幼い子どもに漢文やラテン語を読ませていたことにも触れています。



現代感覚では、

「意味も分からないのに読ませるなんて乱暴だ」

と思うかもしれません。



ですが、そこには、



「すぐ分からなくても考え続ける」



という知的訓練がありました。



今は「わかりやすさ」が重視される時代です。



もちろん、分かりやすいこと自体は大切です。



ですが一方で、「すぐには分からないものに向き合う経験」



もまた、知性を育てるためには必要なのではないかと思います。



そして外山先生は、その力を育てる方法として「乱読」を勧めています。



小説だけ、歴史だけ、ビジネス書だけ。



そうやって一つのジャンルだけに閉じこもるのではなく、



哲学を読む。科学を読む。古典を読む。

エッセイを読む。



興味の赴くままに、知の世界を歩き回る。



すると、それぞれの分野が頭の中でつながり始めます。



「この考え方、数学にも似ているな」
「この話、歴史でもあったな」

「この感覚、国語の評論文に近いな」



こうした“横断”が、思考を深くしていきます。



勉強も同じです。



本当に伸びる生徒は、単に問題をたくさん解いた生徒ではなく、



「なぜ?」「どういうこと?」「他とどうつながる?」



を考え続けられる生徒です。



そしてその力は、一朝一夕では育ちません。



だからこそ、子どもたちには、
「すぐ分からないからダメ」ではなく、



「分からないものに向き合えること自体が力になる」



という感覚を、少しずつ育てていってほしいと思います。



知の世界は、本来とても広く、

自由で、面白いものです。



受験勉強も、その入口であってほしい。



そんなことを、外山先生の文章を読みながら改めて感じました。

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